おすすめの本RECOMMEND

Slow Books ~コトバのあや~
高垣亜矢がおすすめする本です。
日本人が奏でる『コトバの音符』。言葉が織りなす模様“言葉の文(あや)”日本人が使う巧みなコトバ、本の中に見え隠れする「コトバのあや」
本をじっくりと読んでいると、その中に光る作者の巧みなテクニック。高垣亜矢さんの視点で捉えた“コトバのあや”を紹介します。
2009/05/18 更新
Slow Books ~コトバのあや~
高垣亜矢がおすすめする本です。
フィクション
向田邦子全集 新版1 小説一 思い出トランプ
著者:向田邦子
出版社:文藝春秋
定価:1,890円

誰かの全集を買うのはこれが初めてなのです。
初めてのひとが向田邦子でよかった。
今年は向田邦子の生誕80年。
それを記念して「向田邦子全集(新版)」がこの4月より刊行開始。
今までこつこつと向田作品を文庫で集めてきましたが、毎月1冊ずつ全集を買うというのはまた格別な思いがします。全集を手元に置いておけるというコレクター的喜びというのももちろんありますが、この1年間、毎月向田作品とじっくり向き合える喜びの方がずっとずっと大きくて、もっともっと深い。
第一巻は『思い出トランプ』
13篇からなる短篇集。連載途中でありながら、直木賞を受賞したのは有名な話。なにげない日常のなかで繰り広げられる男女のかけひき。いい男もいい女も出てきません。そこにはあるのは赤裸々なまでの男女の欲望。直木賞選考委員の男性陣はあまりの迫力にぐうの音も出なかったことでしょう(なんて痛快なのでしょう)。
この作品を私がはじめて読んだのは高校生の時。もちろん背伸びをしてもその作品世界に届くはずはありません。それから読み返すことはありましたが、“昭和の男女事情”という感想でとどまってしまっていました。
しかし、今回読んでみると、鉛のような重いものがアタマにもココロにも残り、しばらくは物語世界から抜け出せませんでした。構成や心理描写の巧さがそうさせるのか?男女の狡さが生々しく、「甘っちょろいこと言ってんじゃないわよ。」なんて早口で笑いながら言い捨てる向田さんの姿が浮かんできました。
まったく男女間のことで甘い夢ひとつ見させてくれません。だけど、かなしいかな、現実なんてそんなものだったりするのです。女にも欲望はありますしね。男も女もお互いさまです。
今よりずっと若い時に読んだ時は物語としてとらえたけれど、今はもう怖いくらいのリアリティを持つものとしてとらえてしまった、ということなのでしょう。
今でこんなに衝撃を受けているということは、またもっと年を重ねて読んだら、いったいどうなるのでしょう。おそろしや。