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Slow Books ~コトバのあや~

Slow Books ~コトバのあや~

高垣亜矢がおすすめする本です。


日本人が奏でる『コトバの音符』。言葉が織りなす模様“言葉の文(あや)”日本人が使う巧みなコトバ、本の中に見え隠れする「コトバのあや」
本をじっくりと読んでいると、その中に光る作者の巧みなテクニック。高垣亜矢さんの視点で捉えた“コトバのあや”を紹介します。

2011/07/13 更新

Slow Books ~コトバのあや~


高垣亜矢がおすすめする本です。


文藝春秋 8月号

文藝春秋 8月号

 『文藝春秋』8月号を見ると、4年前に亡くなった歯科医のN先生を思いだす。
 N先生は、母が長く勤めた歯科医院の院長先生で、私も子どもの頃からお世話になった。海や花火大会に連れて行ってくださったり、私の歯の矯正治療に懸命に取り組んでくださった。

 書店に勤めるようになると、
「本を知っている店員がいなくて困るよ。しっかりお勉強しなさいよ。最近は何が売れてる?本屋は万引きで大変なんだろう?インターネットに負けるなよ」
などと、あーんと口を開けている私に向かって、矢継ぎ早に質問を投げかけてきた。そして、ぎょろりとした目で愉快そうに笑うのだった。
「あとで注文頼むな」
も忘れずに。

 そんなN先生が、がんで亡くなったと聞いた時は信じられなかった。本の話をもっとしたかったのに。
 葬儀会場でぼんやりと遺影を見上げていたら、N先生の娘さんであるY先生が、そっと私の手をとってくれた。思わずぎゅっと握りかえした。そして私は思いついたことをY先生に言った。
「N先生がいつも読んでた雑誌って、『文藝春秋』でしたっけ?」
 それから私は、近くの新浜店へ走り、発売されたばかりの『文藝春秋』8月号を買い、また会場へ戻った。
 「先生に、最後の配達、です」
Y先生は、N先生と同じ顔で笑い、棺にそれをしのばせてくれた。

 N先生、今の日本を、いかが見ていらっしゃいますか。
 N先生、今年も8月号のお届けにあがりますから、お話聞かせてくださいね。
 特集ですか?
“心に灯がつく人生の話”ですよ。 

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