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Slow Books ~コトバのあや~

Slow Books ~コトバのあや~

高垣亜矢がおすすめする本です。


日本人が奏でる『コトバの音符』。言葉が織りなす模様“言葉の文(あや)”日本人が使う巧みなコトバ、本の中に見え隠れする「コトバのあや」
本をじっくりと読んでいると、その中に光る作者の巧みなテクニック。高垣亜矢さんの視点で捉えた“コトバのあや”を紹介します。

2012/02/11 更新

Slow Books ~コトバのあや~


高垣亜矢がおすすめする本です。


フィクション

はまりもの 

はまりもの 

 時々、古書店の狭い棚の間にすっぽりと嵌まってみる。たいてい客は私ひとりしかおらず、店主と男性店員は本に埋もれたカウンターで何やら書き仕事をしており、こちらのことなどたいして気にしていない面持ちでいる。店主が紙をめくる音と、昔風のラジオからAM放送が聞こえるだけなのが心地いい。そのラジオ番組は、今現在を伝えるものであるはずなのに、なぜか昭和のような気さえしてしまう。私はそこへ特別欲しい本があって探しに行くわけではない。ただ、その狭い棚の間に嵌まって本の背表紙を眺めるのが愉しいのだ。本の配列はランダムのようでいて編集されている。その意図を解き明かそうとするのも愉しい。職業病なのか、タイトルを見てついついこれは絶版かどうかを考えてしまう。そうしているうちに、あっ、と思うものと出会う。はやる気持ちを抑え、ぎゅうぎゅうに詰まった棚から傷つかないようにそれを抜き出す。褐色のページをめくり、今とは違う活字体を目で追う。一期一会。そうやって買ったのは、太宰治、谷崎潤一郎、田辺聖子、向田邦子など。新刊で買うのとはまた異なる趣がある。作品を近く感じるのは、本から漂う時代の匂いに包まれるからか。
 一度だけ探しに入ったことがある。友人から薦められた村上春樹の短編をどうしてもすぐに読み返したくなり駆けつけた。が、閉店間際で、男性店員がシャッターを降ろすところだった。謝りながらタイトルを告げると、ないなぁ、一応見てみますか?と言ってくれたので、暗がりの中でありそうな棚を探した。やはり、それは見つからなかった。礼を言って店を出、その夜は結局あきらめた。お客さんってこんな気持ちなのかな、と日頃の反省さえもした。
 先日またその店へ行った。好きな列の棚を端から端まで一度眺め、今度は逆からもう一度眺めた。巻き戻すみたいに。引っかかるものがあったからだ。列の真ん中の棚、私の目線ちょうどの位置に、探していたそれがあった。あれから半年が経つ。いつからそこにあったのかはわからない。顔が赤くなるのを感じた。とても、ムラカミハルキ的なことのように思えた。やれやれ。またここに嵌まってしまうではないか。

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