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Slow Books ~コトバのあや~

Slow Books ~コトバのあや~

高垣亜矢がおすすめする本です。


日本人が奏でる『コトバの音符』。言葉が織りなす模様“言葉の文(あや)”日本人が使う巧みなコトバ、本の中に見え隠れする「コトバのあや」
本をじっくりと読んでいると、その中に光る作者の巧みなテクニック。高垣亜矢さんの視点で捉えた“コトバのあや”を紹介します。

2015/05/29 更新

Slow Books ~コトバのあや~


高垣亜矢がおすすめする本です。


フィクション

永い言い訳

著者:西川美和

出版社:文藝春秋

永い言い訳

 広島出身の映画監督・作家の西川美和さんの書き下ろし長編小説。「王様のブランチ」出演時に、集大成です、もう何もでません、と笑っていらっしゃったけれど、それには深く何度もうなずいてしまった。
 それくらい西川さんの想いが言葉に込められている。けっして熱い言葉じゃない。透明でひやりとして、でも凛として。そして、苦い。
 
 本作は、突然家族を失った者たちは、どのように人生を取り戻すのか、というテーマの物語。
 主人公キヌガサ サチオはこの名前の重圧に逃れるようにして成人し、作家となり、津村啓というスマートなペンネームで生きる人生を手に入れる。が、長年連れ添った妻・夏子だけが彼を“サチオくん”と呼ぶ。けれどふたりは互いにとって「気詰まり」で、「生きている意味を、すっかり見失った」関係になってしまっていた。
 
 そんなある日、突然のバス事故で幸夫は夏子を失う。それなのに幸夫は悲しみを実感できず、ただ、悲しみを演じることしかできない。果てしない無色透明を背負っているようにみえるほどに。
 
 しかし、その同じ事故でやはり妻を失くしたトラック運転手・大宮陽一と出会い、生活は一変。陽一は幼い兄妹を育てており、幸夫は大宮家に自分の居場所をみつける。まっとうできらきらとまぶしい世界。“唯一完全に欠落していたパズルの一ピースが埋められた気がしていた”幸夫は、「愛を得たのさ。」とつぶやく。
 しかしそんな幸夫を作者はあざ笑うかのように、
「衣笠幸夫は、愛を得たのだそうである。」という短い一文で突き放す。それから、きれいごとですまされるものではないといわんばかりの展開が幸夫を襲う。
 
 この物語構成は、さまざまな登場人物の視点によって語られる。それにより、幸夫の“ちっちゃい男”っぷりがくっきりと浮かび上がってくる。妻だけではなく、ある女性の人生に幸夫が焼き付けた色の濃い翳を考えることからも、逃げた。
 しかし、幸夫を擁護する男もいた。小さい男というけれど小さな懊悩で満ちているのが世の中じゃないかと。欠落のない女は男を追いつめて行くのだと。だから、幸夫は他人の家庭に自分の身の置き場を見出したんじゃないかと。ここまで言ったあとで、夏子をかなしんだ。哀れんだというべきか。しかし結局この男も「このままじゃ何かいけない」という気がしていた。

 もうやだこんな男、と思いながらも、どうやってこのちっちゃい男が、無色透明な男が、色を取り戻していくのか、自分の作品に本当の思いをぶつけられるのか、それを見届けたくなっていく。

 生きている時間をなめていたふたり。その代償は大きい。生きていくために必要な「あのひと」は互いだったはずなのに、それを守ろうともせず。「あのひと」はずっと生きてそばにいる保証などないこともしらないふりで。
 でも、それを知っている人もいる。寝息ひとつ指の感触ひとつ大事に思い抱いて生き抜いている人もいる。知りすぎて泣く人もいる。知らないほうが幸せなのかもしれない、と。

 永い言い訳をするならば、それを書いてください。それを読ませてください、キヌガササチオさん。物書きの生まれ持ったさだめというものでしょう。
「踏み外したことのある人間にしか、言えないことばもあるでしょう」
それがすべてです。
だから、この男が気になるのだ。



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